今回は、よくご質問をいただく建物の耐荷重についてお話ししたいと思います。
値による基準
一般的な住宅の場合、建築基準法では(構造の種類を問わず)特に設計上の指定がない限り、1800N/㎡(183kg/平方メートル当たり)を床板の積載荷重(≒耐荷重)としています。ちなみに事務所の場合は2900N(295kg)、重量物の指定がない一般的な倉庫では3900N(397kg)、駐車場などでは5400N(550kg)が基準値となっています。
これらの荷重の基準は、重さで床が崩壊しないようにするため設定された値であり、長期間の荷重によって床や梁が「たわむ」「下がる」「凹む」といったことは必ず発生します。建築基準法ではこの「たわみ」等にも制限値(梁:L/300かつ20mm以内等)が設定されており、「床が壊れないこと」と「たわまない・下がらない」ことは必ずしも同等ではありません。
また、床版ではなく梁等の設定値は1300N(132kg)/㎡、地震力算定値*¹では600N(61kg)/㎡となるため、その場所にピンポイントで常時設置されている(≒固定されている)かによっても荷重としての取り扱いが変わります。固定されている場合であれば、元々の建物本体の重さとして構造計算に組み込んでおく必要があります。
他に考慮すべき点
さらに、荷重を受けるのが水槽の底のような「面」か、ピアノの脚のような「点」かでも違いがあります。同じ重量でも荷重の集中度が異なるため、建物の変形の程度や必要な強度に大きく差が生じます。
上記の基準値は、あくまでも垂直に荷重が掛かりそれらは動かないこと(≒静荷重)を前提としています。地震等の揺れで大きく水平方向に力が加わった場合は、*¹「地震力=(水平震度)×(建物荷重)」としてその荷重分がさらに建物を変形させるエネルギーとして加算されるので、既存建物への重量物の設置には、これらを考慮し十分な補強等の対策を講じることをお勧めいたします。
また、実際の耐荷重・耐震等の補強計算や設計、工事では、現況の状態や費用対効果、どこまでの安全性を求めるか、等でも必要な強度やその費用は変動していきます。
一般的には、対策費用と建物の強度は正比例の関係にあります。
参考例
荷重の重いものを建物内に設置する場合の例として、例えば10帖=約16.5㎡の部屋全体を重さ1,800kgの防音室にするという想定を考えてみるとしましょう。
強度の検討や判断にはまず現況建物の詳細な状況を知る必要があります。設置する防音室の構造や仕様がわかる資料(主に防音室の本体重量や構造、既存の床との接地面の納まりや固定方法など)も同様に必要です。
現況建物の詳細な資料としては、既存の梁や床下地等の構造仕様がわかる図面(矩計図などの垂直方向の仕様や納まりがわかる図面、梁伏図やプレカット図など梁材の寸法や掛け方向がわかる図面、地盤の調査データと基礎図、耐震金物表や構造計算書など)が必要となります。
図面等がなく現況の状態がわからない場合、補強範囲や必要性能が検討できないので、現地で天井を開ける等の確認作業が事前に必要となります。
また防音室本体の他に、防音室内に置く家具や資機材の重量と振動の有無などの情報も必要です。防音室ということは、楽器やオーディオ機器、騒音の出る機械などがあると思いますが、これらの重量の加算や振動の有無なども想定しておくようにします。
想定としては、以下のようになります。
①耐荷重
10帖(約16.5㎡)の部屋に1,800kgの防音室を設置するので、1800kg/16.5㎡=約109kg/㎡となります。実際には防音室内部にも何らかの家具や資材、人の荷重が加算されるので、最低でも1,800kg+100~200kgを想定する必要があります。よって、部分的には平方メートル当たり183kgを超える箇所もあると考えられます。上記の「183kg/平方メートル当たり」を基準に考えると、問題がない数値であるとは言えません。
②たわみ、へこみ、低下
新築時の設計に防音室の荷重が掛かると想定されていない場合、荷重によっては中長期的には2階の床や梁が下がる、または、たわむことが予想されます。また荷重によっては、大きな地震動(加速度や方向)があった場合、柱や梁の接合部を中心に構造材が損傷する可能性は高くなると思われます。
③耐震性
防音室を「常時設置された(建物本体)荷重」として扱うと、梁や地震力算定に加算されていない分、耐震等級が通常より優れている場合でも、元々の耐震性能が不利側に低下します。
④補強、追加工事の有無
実際の場合には詳細な資料がないと確実な判断はできませんが、最低でも構造上の検証(荷重や耐震)を行い、必要強度が確保できないと結果がでた場合は、構造補強工事を検討されることをお勧めします。
⑤費用
工事内容によってかなり変動があるため、(必要な資料が全てあると仮定して)あくまで目安となりますが、防音室を設置した場合の構造計算が約15~20万、強度が不足している場合の(工事をするために必要な)補強設計が約20万~、といった感じでしょうか。防音室を作る際の工事費や資材費は当然別にかかりますし、この場合は補強費も別途発生します。図面や資料が不足していて現地調査が必要な場合は、それについてもまた別途費用がかかります。
この参考例の数値、金額はあくまで参考ですので、実際に建物の耐荷重をご心配されている方につきましては、資料をご用意の上、お問い合わせください。
菅野 武 Kanno Takeshi
一級建築士/既存住宅状況調査技術者/JSHI公認ホームインスペクター/AJIHA登録ハウスインスペクター/FLAT35適合証明技術者/建築物石綿含有建材調査者/古民家鑑定士/古材鑑定士/建築物環境衛生管理技術者/被災建築物被災度区分判定・復旧技術者/耐震診断技術者/耐震改修技術者/住宅省エネルギー技術者/防火対象物点検資格者/雨漏り診断士/防災士/ADR調停人候補者資格者